4月心の俳句

「にじゅうなな とうとう来たよ 花粉症」(字余り)

外に出るたび目が痛ス。。

冷静に

今も寒さと飢え、恐怖の中で過ごす30万人を超える被災者の方々。

命をかけて救援にあたる自衛隊、そして医療、地方行政にあたる方々、インフラ復旧のために、不眠不休で奔走してらっしゃる、電力、鉄道、道路等セクターの方々。

被災者のために何かできることはないかと考え、文句も言わず混乱もせずに、節電・輪番停電を受け入れる首都圏3000万人の方々。

全ての方たちの忍耐力と慈悲深さに日本人であることの誇りを感じます。

被災者の方々のために何ができるか、という問いを自分自身に落としこんで考えると、今すぐできることは殆ど思いつかないけれども。

税金から給料を頂戴している身として、最大限、被災者・国に対して貢献するためには何が必要かを意識して考え、明日からの日々の業務に精進していきたいと思います。

もう少し落ち着いてきたら、国として復興のためのスローガンが必要ですね。

被災者の方々、決して諦めないでください。

きっと、生かされていることに意味があるはずです。

盲腸(後編)


オペ室の中はTVドラマで見てきたとおりの世界、そしてスタッフ。
唯一違うのは、切り刻まれるのがこの自分の体である、ということ。
(実際は腹腔鏡というカメラを使った手術で開腹はしなかった)

まず麻酔科の先生(めちゃかわいい)が、点滴から麻酔(全身)を投与。
それから15秒もしないうちに眠りにつく


---


目が覚めた時には、病室のベッドの上。。。。ではなく、まだオペ室!

喉元から何か(腹腔鏡)取り出されようとしているところで
運悪く(?)麻酔が切れてしまったらしく、ゴホゴホと激しくせき込む。

ちょうどそこで作業完了だったらしく、すぐさま病室へ。

終わった、、という感傷に浸る暇などは全くなく、強烈な尿意を感じる。

トイレに行きたいと問うと、「管がつながっているので大丈夫です」とのこと。

オオーw(*゚o゚*)w

痛いので即刻外してほしいと問うと、

「明日の朝まで絶対安静が必要なので外せません。
また、今日はベッドから起きることもできません。」

ノ( ̄0 ̄;)\オー!!ノー!!!!

とのことで、局部はそんなことになり、両足にもそれぞれ変なマシンを巻きつけられ、
腹もパンパンで寝がえりも取れずな、もういっそ殺して的状態で一晩を明かすことに。。

ここが今回の一連の盲腸イベントで一番辛かったポイントとなる。。


例の「管」は何時間たっても強烈な違和感をもたらす。
排尿は管を介して絶えず行われてはいるが、残尿感たるや甚だしく、
再度看護士さんに外してほしいと懇願するも、もちろんダメよ、明日の朝、先生の許可が下りてからね、とのこと。

そうなのだ治療行為に関して医師と看護師とでは決定的な権限の違いがあるのである。

我慢しつつも寝ようと覚悟を決めると、隣のおじいさんからけたたましい音量のイビキ。。

これはたまらん。。。

と思い、我儘とは思いつつも「我慢してもしてもしなくても払う治療費は同じだ!」
と心の中で叫び、なんとかならんのかと、夜中に2度にわたり看護士に依頼。

そして、隣のおじいさんはベッドごと、どこかの部屋に運ばれていきました。。

・・ちょっと申し訳ないけど、許してね。(翌朝ちゃんと帰ってきました)


(金曜)

手術から一夜明け、あとは回復する一方だろう、という認識が甘かった。

盲腸を摘出しても、パンパンに膨らんだ腹は一向に収縮せず、高熱も続く。

口約通り、朝に管を外してもらい(これがまた想像を絶する痛さ!)、足の機械を外してもらっても、腹の痛みでなかなか起き上がれない。

結局、この日は歩くことはほとんどできず、点滴と水のみを摂取して終了。

夕方。初お見舞い人①登場。職場の先輩ですが。
いろいろと部屋からリクエストの品を探し出して、届けてもらい感謝。

お土産としたもらったSPA(なぜ?)の「少女時代の見分け方」のショウもなさに病室で声を殺して笑う。


(土曜)
少しづつ腹の痛みは治まり、少しだけガスが出だしたものの、腹の張り具合はあまり変わらず。

点滴がようやく外れ、昼食に入院後初の食事となる、重湯をゲット!
しかし、勇んで食べるもあまりのまずさに言葉を失う。

夕方、お見舞い人②登場。たくさん心づくしのアイテムを揃えてもらい感謝。

お見舞い後、自身でも驚くほど元気が出たことに驚く。対話って重要~~


(日曜)
さすがに回復。腹の張りもようやく治まってきて、まだ痛みはあるものの歩けるようになる。

朝の主治医の回診の際に「いつ退院できるのでしょう?」と問うたとことろ、
いつでもいいですよ、とのまさかの返答を受け、明くる月曜朝の退院を決定。

昼食時にお見舞い人③登場。こちらも申し訳ないほどお土産をたくさん下さって、
周囲の人のありがたさに気づく。

(月曜)
無事退院、ということで、

請求書が提示される。

目を疑うほどの額(もちろん二桁です)に対し、「これは自己負担額ですか?」
と確認してしまうほど。

みなさん、くれぐれも生命保険には加入しましょうね。



ということで長々と書いてしまいましたが、入院中の眠れない夜に漫然と考えていたのは、

たかが盲腸とはいえ、「治療をせずに黙っていたら死んでいたんだな」という自分の命の儚さ。

事故とか物理的な衝撃に耐えかねて命を落とすことは想像できても、

今回のように自己治癒能力だけでは絶対に完治できない内発的な病気は初めてだったので、

初めて「命が助かった」という実感を持つことができますた。


そして、人生は有限であることは生来知りつつも、
「先は思っていたより限られている」という事実を、以前より格段に現実感を持って
強く意識するようになりました。その前に両親の限界が必ず訪れることも。

そうであれば、自身の人生において「これは為したい」ということをリストにして、
それらを叶えるために必要なリードタイムから逆算して、
「勝負するのはどの時期か」(ここ5年が特に重要という結論を導き出した)、
そのために絶対必要となるアクションは何かを定める。
その上で、できるだけ細分化したフェーズごとの具体的な目標を定める。

という明確なライフプランの構築が急務であると、
職場のキャリア研修の講義で習ったことを思い出しながら考えたり。

最近、酒、旅、走で時間を消費するという怠惰を貪っていたけれども、
プライベート(ライフプラン)についても常に明確な目標を設定して、、
アクションにつなげることを意識しなければ、仕事と同じで前進しないもんね。


ということで、こんな長文を書くことは当分無いと思いますが、盲腸(虫垂炎)は
年齢制限は無く、誰にも起こりうる病なので、何かの参考になれば幸い。

まだ完全ではないけど、治ってよかったー!!生きててよかった!!!

大げさだけどこれが言いたかったのです。

(了)
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